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# 食と生命の愛の学校説明会

来る11月3日午後1時から、ひまわり2階にて、開催します。

興味のある方は、faxにて申し込みしてください。

おもしろ体験もあり!?

住所、名前、夢、特技など明記して、fax 075(931)1497まで。

詳しくはwww.naoruchikara.jpをご覧ください。

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食と命の愛の学校始めます。

    食と命の愛の学校始めます

自分が生き続けてこれた感謝の気持と未来への扉を

開くために“食と命の愛の学校”を始めます。目指す

目標がどんなふうに実現していくのかわかりませんが、

どれだけ努力してもいいと思える価値あることに生命

捧げていこうと行動開始いたします。

 <テーマ>

ひとつながりの生命を育む愛の実践学校。

◎ お手当て法の実践会
◎ 身近な野草の研究と暮らしのくすり箱
◎ 山、川、里、海育てと私達の身体作り
◎ 自然観察と自然科学教室
◎ 自己磨きと子育て(共育ち)
◎ 家庭菜園作り
◎ 生物学的基礎体力作り
◎ 自立的衣食住の作り方
◎ 共同体と男女の役割や使命
◎ 未来の子どもへの伝承的実践学校(自由学園構想) などなど。

<呼びかけ文>

この学校は、地球環境も含めたすべてのモノ・コト・ヒトが

愛で繋がりあってできていることを実践的に学び合う場を

つくります。自分だけが心地よく生きるのではなく、全て

繋がりあって心地よい暮らしを実践しあう持続可能社会を

実現します。

“引き受ける”

“楽しむ”

“伝えあう”

“学び合う“

“やり抜く”

その本気の行動力を持った人々集まってください!

第1回お手当て教室

 とき 8月6日午前9時~11時半

 ところ 京都市右京区京北中江町清水尻34-2 京北中江公民館

 ひよう 一人2千百円

 申し込み e-mail muu@oyama-cafe.com 又は、075(853)8820市川佑子

 主催 食と命の愛の学校

 当日、終了後、食事しながらシェアリングタイムを企画しています。参加される方は、お弁当をご持参ください。(詳細

 は、ひまわりホームページにて)

信じる道を生き続ける

   信じる道を生き続ける

私は、よく講演などで“性格の悪いのを治そうとしても治り

ません。と、それより、いいところを伸ばし、お得意を気持よ

くどんどん大きくしていくと、いつの間にやら悪いと思って

いるところまでが力に変わってしまうから不思議です。”と

言っています。これは自戒の念を込めてと言うか、自分の

性格ってなかなか変わらない事に気づき、そのエネルギー

をお得意を伸ばすことに使ってきました。

 私の性格の悪さは、“理屈屋”と呼ばれ、時間もかかるし

アル意味不幸です。どんなに立派な学者が何かの理論を

話しても、現実的に腑に落ちないなら、必要に応じてトコト

ン自分なりに実験や観察をします。それでなくとも、一人の

人間がまなぶ知識など、高々しれているのにそれも、素人の

私が専門分野に挑んでもおいそれとは解りません。

 それでも挑戦してきました。ただただ、腑に落ちないためにです。

そして遂に解ることもあり、やはり判らないこともあります

。然しながら、数年いや数十年してから漸く解ることもある

から面白いんです。理由も分からずこの道を歩いてきました

。ひたすらというには綺麗過ぎ、どちらかと言えばよたよたとき

 ました。人間が、何故治るのか、わからないからこそやめず

にきました。この仕事を始めて35年になりました。私の半生記

近くをかけた意味を今ようやくわかりました。

 それは、未来をつくる仕事をすることなのです。単に経済活動

をするためでもなく、もちろん立身出世のためでもないのです。

私はなくなった娘と約束したのです。“この世界を愛と健康で

満たす仕事をする”と宣言しました。

 ずっとこのままではいけないと思いながら、目の前のことに

追われていました。それがはっきりと意識化出来ました。
 
(食と命の愛の学校)を始めることにします。

詳細はこのブログでお伝えします。

事実と真実の物語

   事実と真実の物語

過酷な運命にであった時、様々な思いが湧いてきます。

このまま、自分はだめになってしまうのではないかとか

、何故自分だけがこんな目に合うのだろうかとか、誰か

のせいにしたくなったり、運命だと諦めてしまったりと

いったネガティブな考えに陥りがちです。

 実のところ出来事事態は、事実に過ぎないのです。

真実ではないのです。“えっ!”何が違うのつて思った

方いませんか?大違いなんです。事実は、出来事なんです。

またまた訳のわからないことを言うと思いましたか?

 だいぶ解ってきた方います?ここからが人間力と

関係の深い真実の物語が始まるのです。

 皆さんご存知の星野富弘さんや大野勝彦さんの

ことを例に上げると理解していただけると思います

星野さんは体育の教師をされていた時の事故で両手

両足が効かなくなり、口で絵や詩を描いて、人々に

勇気と希望の送り手となられています。 

 大野さんは、農業機械で両手を失われた後、義手の

力を十分に発揮されて同じ様に絵や詩を描き、阿蘇に

立派な美術館も持たれ、多くの人々に愛され尊敬され

ています。お二人とも、それこそ事故当時は、この過酷

な事実に打ちのめされておられたのです。

 しかし底から、運命の扉を開かれたのです。

 若しかしたら、平凡な教師としがない農業者だった

かもしれない人生が、過酷な運命が新しい世界を拓い

たのです。これが真実の物語なのです。

 私達の当たり前の人生が、内側の偉大なる扉を

開けて、最高の人生にする時は“今”でしょ!

 来週は、真実の扉の開き方について書いてい

きますね。ありがとうございます。

見えるものと見えないもの

    見えないものと見えるもの

見えるという当たり前に思っている機能にも複雑な

メカニズムが働いています。“見える”ということ

一つとっても、人間のあらゆる機能が補うことで

成り立っているのです。

 この世界の三次元を二次元(見えるという脳の機能)

に投影させて、さらに過去の来歴で読み解いてあらゆる

物を判断しています。チョット難しい表現で、判り難い

かもしれませんが、目から入ってきた光を脳の機能を

刺激して後ろにある器官で、脳のニューロンの記憶に

よって、読み解いているのが“見え”なのです。

 何故こんな七面倒臭い事を言うかと思われるでしょう。

私達の当たり前のことが、実は沢山の機能の恩恵を受け、

トータルにスムーズに働いてこそ暮らしが成り立って

いることを改めて感じているからです。

 例えば、老人性白内障について言えば、白濁したレンズの

交換くらいに思われているかもしれませんが、汚してしまう

生活習慣があったからなのです。適度に目を休めたり、栄養の

面でも考慮して使っていてなったならそれは致し方ないかも

しれません。然しながら、血液を汚す物をどんどん食べたり、

使うだけ使ってケアもせず、体の機能の劣化を嘆くのはチョット

勝手すぎるかなと思うのです。病気の発症についても同じことを

感じます。車でもメンテナンスはしますよね。それと同じように

病気の時こそ、心も身体もメンテナンスする時期なのではないで

しょうか?“なかなか治らない”とか“この療法が効かない”

とか“こんなにもやっているのに“とか聞くと残念な気になる

のです。土壌と同じで、根っこを養ない、手入れすると、作物は

良い物が成ります。見えないものを整えると見える世界が良く

なるのです。結局、日々、この世界を良くするにも(心も体も

含めて)自分磨きしかないのかなと思う今日このごろです。
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ぴのこ234

Author:ぴのこ234
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治る力の市川加代子
勇気と希望と元気の源
台所はくすり箱

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