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無意識への冒険者 ”ユング”

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昨日は一日中、パソコンの調子が悪く、遂に諦めてスタッフに

見てもらい今日になりました。先週の続き再び、もう一人無意識の

世界の巨人カール・グスタフ・ユングについて書いていきます。

 フロイトが無意識の世界に光を当てたことで、心の闇を乗り

越えることから“自己実現欲求”の世界が拓けてきたことは

先週お話しました。

 ユングは特に人類共通の集合的無意識“元型”への道を

拓いたのです。ユング自身の絶え間なく現れてくるオドロオ

ドロしいビジョンに悩まされながらもその世界へ挑戦し続け、

遂に無意識の深層が果たす役割や使命にも似た元型へと解明

してきました。

 一見すると、人は時として、悩みや生き辛さ(病気も含めて)

から開放されたいともがくのですが、実はそれこそが“自己実現の

キーワード”であるといえるのです。何も偉大な業績を挙げた人と

比べるものではないと思われるかもしれませんが、そこに大いなる

ヒントが隠されていると思います。人と違う個性に気づいたら、

 それをどのように伸ばし育てて行けばいいのかは、“困り事”の

頻度と解釈にあると思います。端折り過ぎた“フロイトとユング”

ですが、参考にして頂ければ幸いです。
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人は言葉を生きていく

   人は言葉を生きていく

人が、何を考え、何を望んで生きているのかは、ふと

無意識に出る言葉によって、よく現れているものです。

 ゲーテも言っています。“いつも肝に銘じておかねば

ならない。口に出す言葉に私の本心が現れている”と!

なるほどと思い当たります。意識しだすと言葉の力に

よって如何に現実を創りだしているか分かり始めるものです。

 言い切るのです。するとびっくりするほど力が湧いてきます。

その時否定の気持ちが湧いてくるなら、それは本気ではないのです。

言い切れば心の内側にある無意識と応答することになるのです。

何かを口に出すと責任を取らなければならないと思いませんか?

そうなんです。総てを自己責任で行うことだと思っても、なお

それをしたいかどうかを聞くことができるのです。中でも失敗

しないかという捉え方をすると、身動きできなくなることが

ありませんか?それも実は責任と関連しています。責任の

伴わないことなど一つもないのです。失敗を恐れない人は

一人もいないでしょうけど、失敗を恐れていては何も始める

ことはできません。どんなことも自己責任で行うことだと

肝に銘じるならそれは本気です。人生は挑戦の連続です。

もし未来があらゆる可能性を秘めているといえるなら、

それは挑戦の連続によって、生まれてくものです。

 言葉を吐く事によって、その言葉の影響を受け、導かれて、

生きていくことになるのです。そして一日中その言葉に

満たされているなら、それがその人の人生を形作っています。

豊かな言葉の力を今日も生きてきたのです。ありがとう御座います。

病気の原因を探る

       病気の原因を探る

 おはよう御座います。多くの人々は病気になったら、その
病態を治してもらおうとしますが、実は原因は人によって様々
なんですね。治す本質は、原因の洗い出しと新たに健康にな
る新しい習慣形成が必要です。体のバランスを崩す過ぎたも
のを洗い出すと、腑に落ちて治す対策が立つのです。
 それぞれに原因は違うのに同じ薬を飲んでも効き目は変わ
るのです。やじろ兵衛の原理と言えば、わかりやすいと思います。
原因が複雑に絡んで、対策が講じられないときは、まず力を高め
る食事療法や運動が早道です。体と心の働きは密接な関係にあ
ります。例えば、なにか心にいつも引っかかっているものがあると
すると、消化能力が落ちてしまいます。意識がそのエネルギーに
ばかり使われるからです。また唾液の分泌量も下がります。
 脳はとても単純なので、使われている意識が一番必要だと判断
してそこへエネルギーの供給をしているだけなのです。
 東洋医学で言われている心身は一如の中身を例にとると、
“例えば、疑り深い性格だとします。いつも人の行動に意識が
働いて自分自身の身体への供給が後回しになり、ストレスホル
モンを出して、副腎や腎機能を傷めやすいのです。従って、腰痛
症になったり、アレルギーや腎機能障害を起こしやすいのです。”
それでは、自立的にこの洗い出しをする方法を書きだしてみましょう。
1, 心のゴミ出しーストレスの原因や人間関係
 簡単な言葉にする。又はどうなりたい自分がいるか言葉にする。
2, 食べ過ぎや飲み過ぎを洗い出す
どんな時、過ぎるのかパターンを見つける。
3, 働き過ぎや規則正しい生活の見直し。
どんな時働き過ぎると感じるのか。規則正しいと感じる生き方とは、
どのようなことか
4, 運動不足やクセのある体の使い方の点検
歩かなくなってどのくらいか。座り方や足の組み方の点検。
5, 情緒的な心のマヒがなかったか
孤独感や疎外感を感じたり、寂しさや哀しみをいつ頃感じたか
6, いろんなことを選択する喜びや自己責任の原則を活用
していたか一つのパターンにはまり込んでいないか。自分の人生
といえるか
7, 知的好奇心や興味のあるものを閉塞していなかったか
趣味や興味のあるものを探したり追求したのはいつだったか
8, 家族や友人たちとの関係を楽しんできたか
家族がどんな時、喜びや哀しみの顔をしたのか記憶にあるか
9, 悔いのない人生を生きてきたか
いつこの命が終わってもいいと言える毎日か
10,幸せや充実感を感じて生きてきた
※これらを点検して、紙に書き出し、生き生きできる新しい習慣
を導き出す。
この時大切なのは、実現可能なちょっと力のいるときめくものを
決めるといいものです。病気で無い方も挑戦してみてください。



真理に出会う旅

   真理に出会う意識の層について

 仏教的な表現で、八識又は九識というのがあるのですが
、いわゆる般若心経に表現されている経文の中身になるの
ですが、これが真理の層を表現しています。
 眼識=視覚の認識するところ 
 耳識
聴覚という認識作用 
 鼻識嗅覚の認識する作用 
 舌識= 味覚や舌が認識する作用 
 身識身体や触覚の認識する作用 
 意識に思うところ。識知思考する心。過去を追憶し、
未来を予想することができるはたらき。 
 末那識(まなしき)=①補特伽羅我見相応 
個体、個人の存在を偏狭的に見ること。② 法我見相応 ある対象に
対する執着心又は、一切のダルマに実体があるという執着。③ 平等
性智相応 自他の平等を体現する知恵。我見、我慢、我愛、我疑。
 阿頼耶識(あらやしき)=蔵識、根本識、習気
、種子、貯蔵する意識。 
 阿摩羅識
(あまらしき)=無垢識、清浄識。
簡単には表現できないのですが、顕在意識層は、見ること、聞くこと
、嗅ぐ事、味わうこと、触れたものから思考する表面的な意識層と過
去をよりどころとして未来を予想する意識層。そしてさらに進んで我と
いうものに囚われていき、今度は対象となる事柄や人に執着し、更に
は思考の果てに我から抜け出すのです。
 そうして初めて潜在意識のレベルに入り、末那識~阿頼耶識
~阿摩羅識へと進んでいくのです。その道筋は、瞑想が導い
てくれるものですが、すんなりとは、行きません。グルグルと
同じ所を行きつ戻りつしながら、真理に近づいていくものです。
誰でもが、阿摩羅識へとすすめると決めてとりかかると、必ず
行き着くものです。しかしながら、道案内人がいると、安心の
境地で進むことができるでしょう。それが、寺での禅修行であっ
たり、八十八箇所巡りであったり、表現は違うけれど、聖書の導
きであったりすると思います。
 いずれにしても、私たちは、人生というものを通して、この真理
に出会う旅なのではないでしょうか? 
プロフィール

ぴのこ234

Author:ぴのこ234
ようこそ!
治る力の市川加代子
勇気と希望と元気の源
台所はくすり箱

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