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食と命の愛の学校始めます。

    食と命の愛の学校始めます

自分が生き続けてこれた感謝の気持と未来への扉を

開くために“食と命の愛の学校”を始めます。目指す

目標がどんなふうに実現していくのかわかりませんが、

どれだけ努力してもいいと思える価値あることに生命

捧げていこうと行動開始いたします。

 <テーマ>

ひとつながりの生命を育む愛の実践学校。

◎ お手当て法の実践会
◎ 身近な野草の研究と暮らしのくすり箱
◎ 山、川、里、海育てと私達の身体作り
◎ 自然観察と自然科学教室
◎ 自己磨きと子育て(共育ち)
◎ 家庭菜園作り
◎ 生物学的基礎体力作り
◎ 自立的衣食住の作り方
◎ 共同体と男女の役割や使命
◎ 未来の子どもへの伝承的実践学校(自由学園構想) などなど。

<呼びかけ文>

この学校は、地球環境も含めたすべてのモノ・コト・ヒトが

愛で繋がりあってできていることを実践的に学び合う場を

つくります。自分だけが心地よく生きるのではなく、全て

繋がりあって心地よい暮らしを実践しあう持続可能社会を

実現します。

“引き受ける”

“楽しむ”

“伝えあう”

“学び合う“

“やり抜く”

その本気の行動力を持った人々集まってください!

第1回お手当て教室

 とき 8月6日午前9時~11時半

 ところ 京都市右京区京北中江町清水尻34-2 京北中江公民館

 ひよう 一人2千百円

 申し込み e-mail muu@oyama-cafe.com 又は、075(853)8820市川佑子

 主催 食と命の愛の学校

 当日、終了後、食事しながらシェアリングタイムを企画しています。参加される方は、お弁当をご持参ください。(詳細

 は、ひまわりホームページにて)

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事実と真実の物語

   事実と真実の物語

過酷な運命にであった時、様々な思いが湧いてきます。

このまま、自分はだめになってしまうのではないかとか

、何故自分だけがこんな目に合うのだろうかとか、誰か

のせいにしたくなったり、運命だと諦めてしまったりと

いったネガティブな考えに陥りがちです。

 実のところ出来事事態は、事実に過ぎないのです。

真実ではないのです。“えっ!”何が違うのつて思った

方いませんか?大違いなんです。事実は、出来事なんです。

またまた訳のわからないことを言うと思いましたか?

 だいぶ解ってきた方います?ここからが人間力と

関係の深い真実の物語が始まるのです。

 皆さんご存知の星野富弘さんや大野勝彦さんの

ことを例に上げると理解していただけると思います

星野さんは体育の教師をされていた時の事故で両手

両足が効かなくなり、口で絵や詩を描いて、人々に

勇気と希望の送り手となられています。 

 大野さんは、農業機械で両手を失われた後、義手の

力を十分に発揮されて同じ様に絵や詩を描き、阿蘇に

立派な美術館も持たれ、多くの人々に愛され尊敬され

ています。お二人とも、それこそ事故当時は、この過酷

な事実に打ちのめされておられたのです。

 しかし底から、運命の扉を開かれたのです。

 若しかしたら、平凡な教師としがない農業者だった

かもしれない人生が、過酷な運命が新しい世界を拓い

たのです。これが真実の物語なのです。

 私達の当たり前の人生が、内側の偉大なる扉を

開けて、最高の人生にする時は“今”でしょ!

 来週は、真実の扉の開き方について書いてい

きますね。ありがとうございます。

ヨーガな暮らし

     ヨーガな暮らし

優雅なと間違いだと思いましたか?そうですね。ちょっと、

引っ掛けて表現しています。私がヨーガに出会ってから

約40年が経とうとしています。ヨーガをしている時間は

至福の時です。自分の中にある様々な意識や感覚に出会う

のです。約1時間半が長くにも短かくにも感じる不思議な

時間でもあるのです。“ひとときは永劫”と呼ばれる所以です。

 周りに人がいることがわかっていても、全くと言って

いいほど煩わされない空間になるのです。それでいて

みんなの行動や呼吸を感じていられます。共有空間で

在りながら、別の経験をしているのです。

 例えて言うなら、母親の胎内に大勢の兄弟たちと共に

心地良くたゆたう感じなのです。

自分という個性を育てながら。。。

 多分世間では、アーサナと呼ばれる体位が、ヨーガだと

思っている人が大半かもしれませんが、“自分との出会い”

がヨーガなのです。また、人との出会いや物や事、人生の

考え方そのものを行じる行為をヨーガな暮らしと言えます。

囚われや価値観にがんじがらめになっている心と身体を解き

ほぐしていく過程そのものを体験するかもしれません。

 また単に身体そのものの現在観をほぐしていくかもしれません。

 今という時間の中で、向き合うことのできる意識と感覚です。

これを優雅な暮らしと感じています。

赤目四十八滝に行ってきました。

   赤目四十八滝に行ってきました。

47年ぶりで、赤目四十八滝、約4時間の行程でしたが、

行ってきました。雨上がりのアツプダウンで、しかも

ゴロゴロ道を滑らないように緊張しつつ、歩き通しました。

 帰りは膝が痛くて前にも後ろにも行かず、遂に後ろ歩きで

坂を降りました。長い坂道はさらに長く感じて、1時間が

倍ほども感じました。然しながら、行った値打ちがありました。

当日朝まで降り続いた雨上がりの滝は、水量も周りの景色も

半端ではありませんでした。

 陰に陽に滝壺に流れ落ちる水の饗宴と白銀の飛沫は、

カメラに納まりきらない迫力です。今年の夏は長く、

秋が短いため、紅葉は今ひとつというところでしたが、

色づく樹々も際立ち水の美しさに魅了されているように

見えました。今から枇杷の葉温灸で、明日に備えます。

映像にしたい 夢からの贈り物

  夢からの贈り物

おはようございます。今朝、見た夢をどうしても皆さん

にお伝えしたくて、今、パソコンに向かっています。

なんと題名まで夢が提示してくれたんです。“ゆうへいはつ”

漢字はわかりません。とてもリアルで幻想的な映像です。

 フロイトとユングが夢を分析して、無意識に光を当て、

様々な心理学の分野に活かしてきました。その習いで私も

以前から夢日記をつけていました。長く印象的な夢を見る

ことがなく、やめたりつけたりしていた矢先です。
   夢“ゆうへいはつ”

ある地方の海辺の夜のことです。澄み渡った漆黒の空に

一瞬幾何学模様の熱帯魚や切り紙細工や同じく幾何学模様の

大くらげが、次々と生まれては消え、時には統合され消えて

いくのです。色とりどりの光の饗宴です。それを見ていると、

回りにいる土地の人が、この素晴らしい自然現象を

“ゆうへいはつ”というのだと教えてくれたのです。

私は元来理屈屋ですから、“何故こんなことが起こるのか”

尋ねました。その答えがとても素晴らしい!

 月の光の粒子が、海の微生物の息吹を捉えて、色と形を

創りだす数年に1度の怪奇現象だというのです。

 私に“あなたはこれを見るためにここにいる”とその人

は言ったのです。

多分沖縄で、伝統芸能八重山踊りを見た矢先の事だった

からかもしれません。この話は又の機会に譲りましょう。

これを”映像にしたい衝動にかられて!
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ぴのこ234

Author:ぴのこ234
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治る力の市川加代子
勇気と希望と元気の源
台所はくすり箱

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