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真理に出会う旅

   真理に出会う意識の層について

 仏教的な表現で、八識又は九識というのがあるのですが
、いわゆる般若心経に表現されている経文の中身になるの
ですが、これが真理の層を表現しています。
 眼識=視覚の認識するところ 
 耳識
聴覚という認識作用 
 鼻識嗅覚の認識する作用 
 舌識= 味覚や舌が認識する作用 
 身識身体や触覚の認識する作用 
 意識に思うところ。識知思考する心。過去を追憶し、
未来を予想することができるはたらき。 
 末那識(まなしき)=①補特伽羅我見相応 
個体、個人の存在を偏狭的に見ること。② 法我見相応 ある対象に
対する執着心又は、一切のダルマに実体があるという執着。③ 平等
性智相応 自他の平等を体現する知恵。我見、我慢、我愛、我疑。
 阿頼耶識(あらやしき)=蔵識、根本識、習気
、種子、貯蔵する意識。 
 阿摩羅識
(あまらしき)=無垢識、清浄識。
簡単には表現できないのですが、顕在意識層は、見ること、聞くこと
、嗅ぐ事、味わうこと、触れたものから思考する表面的な意識層と過
去をよりどころとして未来を予想する意識層。そしてさらに進んで我と
いうものに囚われていき、今度は対象となる事柄や人に執着し、更に
は思考の果てに我から抜け出すのです。
 そうして初めて潜在意識のレベルに入り、末那識~阿頼耶識
~阿摩羅識へと進んでいくのです。その道筋は、瞑想が導い
てくれるものですが、すんなりとは、行きません。グルグルと
同じ所を行きつ戻りつしながら、真理に近づいていくものです。
誰でもが、阿摩羅識へとすすめると決めてとりかかると、必ず
行き着くものです。しかしながら、道案内人がいると、安心の
境地で進むことができるでしょう。それが、寺での禅修行であっ
たり、八十八箇所巡りであったり、表現は違うけれど、聖書の導
きであったりすると思います。
 いずれにしても、私たちは、人生というものを通して、この真理
に出会う旅なのではないでしょうか? 
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