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愛の働き

     愛は妥協しない、媚もうらない!
 
昨日は、愛と命の躍動がおおいに関連していることを書きま
したが、今日は、さらに本質的な愛の働きを書いていきます。
ある意味において、愛は厳しさを伴うものです。そのもの(人)
に対して、決して妥協しないで、本質的な働きが出るまで、
”待つ”ことをします。何度も何度も失敗したり、もうダメかも
しれないと思う場面が訪れるかもしれませんが、決して妥協
しないで、ひたすらに”待つ”のです。働きがでてこない時、
人はどうしても褒めたり、慰めたり、なだめたりしますが、媚
は売りません。引き離してただただ”待つ”こともあります。
 時間の魔物に引っかからないよう長い目で見る訓練をします。
その時完全に良き姿をイメージ化できているか(ご感すべてを
動員する)、現象に囚われていないか、で自分の思い通りに
しようとしていないか、点検が必要です。これも愛の行為ともい
えます。それは、恋愛でも言えるのですが、これは一種の病的
近視眼的状態でもあるので、なかなか難しいのが現状です。(笑い)
『あっ、私にも経験ある』と思った人は、豊かな愛の働きを知ってい
る人ですね。ある一定の時間の経過を置いて、一時的に忘れるこ
とも必要です。全く新しい発想が湧くまで、放って置きます。親子や
夫婦などは、日常的に見ると、どうしても過去や時間の経過を超越
できにくい環境にありますが、その時こそ、相手へののあり方そ
のものを経験しているともいえます。抽象的な表現では、分かり難
いかもしれませんので、身近な例を書いてみます。
 優秀な人材が、癌になったとします。一向に治る兆しが見えない時、
人は方法論を探し回ります。しかしながら、治る力は、物心両面
に渡らなければ、出て来ません。なぜなら、心が治ると思っていなければ
、食事養生も細胞レベルで受け入れがたいと認知するからです
。また、頭では治ろうとしていても、身体や環境が膠着状態では(
仕事がストレス、家族がバラバラ、時間がないなど)癒されず、
ますます悪循環を来たします。本質は、生き生きと生きたいと
思っているかなのです。自然界は、生きようとしていない人まで、
生かしません。生きる必要がある人(自然界にとって)と生きる意
欲に溢れた人を活かすものです。なんだか厳しいですね。しかし、
本人が忘れていても、愛ある家族がいれば、命の躍動が生まれて
きます。それほど愛の働きは素晴らしいのです。
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