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主観視と客観視

     主観視と客観視

一昨日の続きですが、悩み力で大切なことは、“主観視”です。

こんな言葉は使われていませんが、その時自分自身がどのよう

に感じたのか、どの場面でその解釈をしたのか、主観を見るの

です。仏教者の“自観法”に当たるものです。その場面にもう

一人の自分を上から目線で、観察するのです。

 客観視は、広く世間的な解釈も入れつつ、社会的通念や論理

思考を駆使することを指します。さて、主観視ですが、その瞬

間の感情や思考の癖や過去の来歴に象られた自分を上から目線

で見ることができます。ある意味において自分を客観視とも言

えます。しかしあくまで主観の立場で、我が心の側に立ったも

う一人の自分なのです。

 内観との違いは、深める必要はないのです。内観は、心のな

か奥深く過去の来歴やともすれば、親からの刷り込みやカルマ

や此の世での役割までも掘り下げますので、非常に過酷な素晴

らしい作業でもあるのですが・・・。

 さて、主観視ですが、特に何かの契約や交渉事又は、他人と

のトラブルに出くわした時、この方法を使ってみるといいの

です。これには少し訓練が必要です。暇な時、気の置けない

友だちとの会話で練習するといいのです。話が佳境に入った時、

ちょっと外に自分を置いて、上から目線で見てみるのです。

 瞬間的にまた自分自身に戻るのですが、もう一人の自分がい

るつもりで、話を進めていくのです。終わってみるとちょっと

違う見方が、できているかもしれませんね。

 その上で、再び客観視にも入るのです。世間的な立場や学術

論文も駆使して、法律家になったつもりで解釈するのも面白い

かもしれません。なれない人は、それぞれの立場にたった論拠

を紙に書き出すといいかもしれませんね。私自身は、この方法

を取ることによって、いろんな分野の本を読む必要性が生まれ

てきたと思います。すると、齢を重ねても頑固にならないよう

に思います。(更に頑固になったかもしれませんが・・・。笑い)

また、自分の思考パターンやお気に入りがはっきりしてきて、

どう生きたいか際立ち力がついて来ました。

 立場によって“善悪”の基準や主張が変わることに気づきます。

これがなかなか難しいのですが、中途半端に学んでいると、なに

を採用していいのか迷いにもなるのです。

そこで大切なことは“主観視”と内観です。『どんな自分を生き

たいのか』『どうなりたいのか』自問自答することが必要になっ

てきます。この続きはまた い・つ・か・・・。笑い
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