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朗読するということ

   朗読するということ

私は時々、原稿を読んだり、齋藤孝さんの例に倣って、

古文を読んだり結構好きで、遊び半分練習半分で、声を

出しながら朗読の真似ごとをするのです。つい昨日の

ことです。私の友人が、朗読のボランティアの募集で、

朗読のトレーニングを受けているというので、ちょっと

その様子を教えてもらったのです。

彼女曰く、“始めはいつものように読み上げてみて”

というのです。私は出来るだけ低いトーンで、抑揚も

つけつつ感情移入も心掛けて読み上げました。

 “じゃ、次はできるだけ平板に抑揚なく声の高さは

少し高めで読んでみて”というのです。何が始まるかと

思いきや驚きの発見をしてしまいました。不思議な事に

声の高さと平板に読むことで、逆に感情や情景描写が次

々と生まれて来るのです。低いトーンで抑揚があると、

自由な描写力が邪魔されるのです。これは。びっくり

しました。勿論、女優さんのように読もうなんて考えて

のことではありませんが、感情は伝え方だと思っていました。

 それが間違いだと気づきました。

 それには2つの矛盾する理由があるという発見につながりました。

一つ目、抑揚があるとそれに引きずられてしまい、

自由な描写力が出にくいのです。

二つ目、声の高さ(周波数を上げる効果)が上がること

によって、日本語圏での馴化を防ぎ、右脳が活性化する

のではないか。

力動的な言語の習慣によって、反応するエネルギーの

配分や脳の周波数の感応性は音楽家ならご存じの方も

おられると思います。わかりやすく言えば、英語脳と

日本語脳の違いといえば近いかもしれません。

 それともう一つ、聞き手の脳の来歴の違いに注目しな

ければいけません。所謂、聞き手の感性の邪魔になる

抑揚(くせに反応)をできるだけ排除して、それぞれの

持ち味に任せる朗読が必要なのです。

名づけて“聞き手ワールド”そうです。

聞き手に依拠した朗読こそ、朗読者の仕事なのですから。
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