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はんなりおしやす わて初めてやし 手術するわ

  初めてやし、手術するわ
 母も高齢化の波に乗って(笑い)、物忘れも始まり斑にぼ
け始めた、あと僅かで93歳になろうという冬のことでした。
ショートステイの施設内で、こけて骨折をしました。"手術す
るか、そのままにするか、”病院から打診がありました。兄
弟とも話し合いましたが、結論は出ませんでした。私は、高
齢の母を心配して手術に一抹の不安を感じていました。ただ
、そのままベット生活は更にボケを進めてしまうだろうと思い
ました。ぼけ始めたといえど、自分のことなので、とにかく母
に聞いてみました。すると母は、『わては、手術てしたことない
し、それやってみよか!』と言ったのです。私の不安は、その
一言で吹っ切れました。”そうだ!本人の意志がすべてだ”と
腑におちた瞬間でした。
 母は、その年まで入院も手術もしたことがありませんでした
。4人の子供たちは、自宅分娩ですし、70歳であばら骨の骨折
も私の手当法で、3週間程で治してしまったほかは、病気らし
い病気にかかったことがないのです。
 いよいよ今日は手術の日。以外に早く2時間程で手術はお
わり、酸素マスクをして出てきました。すぐには部屋に戻れま
せん。要観察の部屋で付き添っていました。母は、朦朧とし
た中、酸素マスクを何度も外そうとしました。仕方なく酸素マ
スクの耳にかかっているゴムを外して、母の顔にマスクやゴ
ムが当たらないようにして、酸素の供給は受けられるように
工夫しました。異物を嫌がる性格は、意識が朦朧としていて
も取るのです。日一日と快復してきました。しかしながら、毎
日私の顔を見るたび『早う、家に帰ろか!』を連発するのに
は閉口しました。何度も、手術後の経過と快復の為にまだ
入院が必要なことを話しました。
 私が、帰る頃には諦めて『もうちょっとで帰れるんやな!
ほな、辛抱しとこか』と快復を待ちました。いよいよ退院が決
まり、リハビリ病院をきめなくてはなりません。受け入れ先が
なかなか決まらず、困っている時、幸いにも300人まちのホ
ームに空きが出ましたという連絡が入りました。ショートステ
イでの事故というアンラッキーな出来事も、母の受け入れ先
が自動的に決まってしまうラッキーな結末となりました。
 そこは、母が、いつも、気楽に遊びに行く総合的な施設でした。
必要な時必要なことが起こると母が、言っていた事を思い出します。
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