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はんなりおしやす一緒に住んでんか

     一緒に住んでんか
 
 母の状況が落ち着き、ひとり暮らしが可能に見え始めた頃

、母が、突然私に『あんた、ワテと一緒に住んでんか』という

のです。私は、一瞬”どうしょう?”と、思いました。しかしなが

ら、『ちょっと、待ってな。それには、主人とも、子供たちとも、

相談する必要があるので……。』というと母は、『もう子供らも

大きなってるし、旦那も長いことなるし、もうエエやろ』という

のです。仕事場も遠くなるし、私が、出張などでいなくなると、

また探しまわるような事にもなり、かえって混乱するのではな

いか?これも親孝行してこそなのではないか?とか様々なこ

とが、一瞬に駆け巡りました。とにかく母に『ゆっくり考えさして

』と言って、家に帰りました。その夜から、しばらくは眠れない

日が続きました。

私が、母と、住めるのか考えてみればみるほど、困難さが明

らかになっていきました。市営住宅は2部屋です。私が、仕事

の調べものや日々の雑務をしながら、母の日常生活をフォロー

することは、まずもって不可能に近いと思いました。私が、仕事

をやめて一緒に住むなら可能かもしれませんが、そんなことは

できません。社員もいるし、大勢の人々への責任もあります。

 悩みぬいた挙句、ふとアイデアが浮かびました。母はよく”自

分の力量に合うやり方と内側から、本当に思う心に聞くことや”

と言っていましたから、ホンネと向き合ったのです。すると、私は

、4人兄弟なんだと思い出しました。今まで、自分一人のように

母を見なければと思っていたけど、兄弟とも相談しようと思いま

した。みんなに知って欲しいことと状況を話しあって、できること

はどんな事でもしてもらおうと全員に声をかけました。私は、自

分の状況も言いながら、母にとってもどうすれば一番快適かを

みんなで考えてもらいました。兄弟とも母と、一緒には住めない

ことは、今までに実験済みでしたから、一週間づつ交代で、土

日を母と、暮らすことにしました。4人なので、都合のつかないと

きは、変わってもらいながら、月一回なら、なんとかなるという

結論に達しました。私は、もう嬉しくてなりませんでした。今まで

女一人の寂しさと女が見なくてはいけないように思うときもあって

、なかなかホンネで話し合えなかったのに母の一言で、悩んだ甲

斐がありました。兄弟とも母の人生の終をみれるようになってい

きました。本気は人を動かすと思いました。何のわだかまりも持

ちませんでした。私たち兄弟を疎遠なように感じたこともありまし

たが、一切のこだわりを持たずに話しあって、ただ、素のまま母

の暮らしの保証を考えてほしいと申し入れました。

 このことで、私たち兄弟もいろんな事があるんだなあということ

もわかるようになりました。母のお陰です。
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